完璧主義で、辛い方。信念にコントロールされている方に伝えたいこと

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信念とは、これまでの体験や経験で培ってきた思いであり、現在、自分が正しいと信じていること。

この信念が完全に、世の中の理(ことわり=法則)と合致していたら、楽ですよね。

ズレがないから気持ちがいい!!
気持ちがいいから、ずっと無理なく続けられる?

でも、もし、経験の量が少なかったり、質が低かったら。
そもそも経験が足りていなかったら、そこから作り出されたものは、果たして、正しくなれるものなのでしょうか?

もし、今、なんか違うな、気持ちがよくないと思っていたら、ここから先を見るのも良いかもしれません。
全然必要無いと思う方は、時間の無駄なのですっ飛ばしてください^^

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実体験があると、伝わりやすいと思うので、いままさに渦中である私のことを書いてみようと思います。
誰もが気になるお金のことです。

私は、学生時代に、知人に紹介を受けたアルバイトで時給をいただきました。
外部からのお金を手にしたのは、多分その時が最初だと思います。
社会人になってからは、月給制で勤務していました。
会社を変わって、これが年俸制となり、1年間を12で割っていただくことができました。

月給制と年俸制の期間がとても長かったのですが、私のこれまでの経験では、時間が中心になりお金に変わっています。

つまり、お金は時間、頑張った分いただけるものという設定であり、私の中でお金とは、我慢したり頑張った分いただけるものという 図式が成り立っていました。

言葉を変えると、これが私が体験や経験によって作り出した、お金に対する信念です。

でも、それとは別に、こんな方面も持ち合わせていました。

私は阿部桐子さんのイラストや墨絵が好きで、絵を幾つか所有しています。
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とても好きになったものがあれば、買います。
こちらは、石山さやかさん
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絵に触れたとき、好きになり、絵を飾って毎日眺められたら、とても幸せそうだという感情が主になって、絵を買い求めています。

四谷にある写真専門ギャラリーのRoonee(ルーニィ)に久しぶりにお邪魔して、篠原さんに教えていただいてその場で買い求めた、西村陽一郎さんの500部限定の写真集「青い花」もそうです。 ずっと見ていられるものだから、そうしたいからこそ手にしました。

そう、稼ぐには、耐えること、頑張ることがベースになっているのに対して、外部への支払いは、その時の感情の大きさや、これから味わえるものの大きさで支払うことが多いのが、私の特徴です。

でも、染み付いた信念は、お金を得るときに、頑張ることを、耐えることを無意識に促してくれます。

私の気持ちとは関係なく促してくれて、とにかく、頑張らないといけないという風に、勝手になっていきます。
感動を与えるというところがベースになりにくい体質を、信念がサポートしてしまっているという状態、いわば、信念にコントロールされている状態でした。

ずっとそれでもいいのなら、それでもいいのだと思います。
でも、私は我慢の雰囲気ではなく、楽しさや、気持ち良さをベースにしていきたいなと思っています。
いま、まさにこの時点で、そう思っています。

最近の学びにより、この深い部分の違和感、つまり無意識の信念が自分の普段の生活に、深く深く根ざしていることに気がつきました。

仕組みが分かれば、新たな経験を積みまして、信念が変わると動きやすくなります。
信念が変われば、日々の活動や行動も変わり、日々の言動から滲み出てくるものが大きく変わっていきます。

私の場合であれば、どれだけ我慢をすればという深いところの意識が、そうすることで、少しずつ消えていくのです。

だから、これからが楽しみです。

さて、ここからが本題です。

もし、今、完璧主義で、全てを思い通りにしなければならないと思っていて、常に辛い思いをしているならば、何故そうしないといけないか、自分の信念がどのように育ってきたかを紐解いてみるといいと思います。

私は、自分の絵は上手いねといわれても売れる経験がなかったし、肩揉みも上手かったけれど他人からお金をいただくような経験がなかったので、お金には繋がらなかったのです。
小さなお使いや、アルバイトで苦労したらお金になった、時間を使ったらお金になったという経験しかしていなかったし、親も周りもそうだったから、そういうものだと思い込んで、自然とそうなりました。

もし、絵がもうすこし上手で絵が売れた経験が一つでもあればどうだったでしょうか?  歌が得意で特別なお小遣いをもらうような経験があればどうだったでしょうか? 肩揉みで、特別にとお小遣いをもらう経験があれば、きっと何かが変わっていたと思うのです。

完璧主義な方は、どんな経験によって、完璧でいなければならないと思うようになったのか、その成り立ちを思い出してみてください。

完璧でいないといけなかった理由が、どこかにあるのだろうと思うのです。
理想通りしなければいけないという理由も、また同じようにどこかにあると思うのです。

完全にできた体験が、大変心地良くてそうなったのかもしれないし、周りがすべて完全にできる方ばかりだったのかもしれません。
理由は一人一人違うと思いますが、どこかに、今ある信念に繋がるものがあると思うのです。

信念が、夢や目標に役に立つならば素敵なことですが、その信念が自分を苦しめる方向に、無意識レベルでコントロールしようとしていたら、これはなんか変だと思って探ってみてください。

心の悲鳴は、体を締め付けます。
体の締め付けは、体を固くしてしまいます。
体が固くなると、心も固くなります。
心が固くなると、心が冷えてきます。

心を温かく、柔らかに保つと、気持ちが緩み、体も緩みます。

リラックスしている状態が、すべての能力を全開にできるので、もしどこかが固く締まっているな、冷たくなっているなと思ったら。

信念も見つめてみてください。

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