施術者紹介

仙腸関節

関根賢一です。
1966年(昭和41年・丙午(ひのえうま))の夏に、埼玉で生まれました。

この仕事に就く前は、実は、とても長い間、会社員として働いていました。
高校生の頃に自転車で峠を下っている時に曲がりきれずにガードレールに突っ込み、全損となる自損事故をしたり、社会人になってからは、自転車に乗っていて、後ろから自動車に跳ねられたり、長期間長時間休みなく働いて何度も寝込んだりと、体にかなりの無理をかけていました。
そんな中で、寝返りを打つのに息が止まるほどの、酷いぎっくり腰になり。
大切な知人に教えていただいたところで、あまり触れない施術を受けました。
そこで腰が大幅に良くなり、そういう世界があることを体感で理解したことで、とある気づきが生まれました。

その後、独学で ふしぎな手法を手にしていきます。
何も知らないところからのスタートで、先生もいないで、感覚のみを頼りに習得していったので、かなり時間がかりました。 しかしこの ふしぎな手法が、ある程度の効果を生み出すことができるようになったころに、とある方に声をかけていただき、体の調子を調えるお仕事を、僅かながらもさせていただけるようになりました。

そこで、長く患っていた人が本当に輝いた笑顔をみせてくれたことがあります。
その時はただ嬉しいな、でもなんでここまで喜んでくださるのだろうという気持ちだったのですが、自分がその状態になったことを想像し、よく考えてみたら、これはかなり凄いことだと気がついたのです。
何しろずっと困っていたものが、その場で楽になるなんて、思ってもみなかったら、笑顔も自然と生まれますよね。

心の底からの本当の笑顔。
そんな笑顔に、普通に暮らしていたらあと何回出会えるのだろう。
そう考えた時に、これからの残りの人生をどう生きていくのが一番だろうか、そう考えました。
会社員のままでも良いのですが、定年まで勤めてもあと10年。 かなりハードな仕事だったので、体力と気力が尽きて駄目になりそうな予感。
同じ10年であっても、もっと違う形でも誰かの役に立つことができるのではないか。
それを続けていたら、死ぬまで誰かの役に立つことができるのではではないか。
あれこれ考え続けた末、同じ笑顔をいただくなら、この仕事のがいい。
そう思って、仕事を変えることを決意しました。
当時とはだいぶ変わりましたので、いまの時代なら兼業がベストなのかもしれません。
でも、開業当時はそんな時代ではなく、また、やるならば本業にしよう。
しっかりしよう。
そう思って行動しました。

その当時から比べたら、今ではできることも増え、その効果も強くなっているのですが、とても残念なことに、私は宣伝がまるで駄目で、いわゆる商才はゼロに近いほど。
そうした能力に関しては、ほとんどないことがわかって少々悩んでいます。

受けてくださった方も、これまでに無いスタイルなので、どんなものかを説明するのも難しかったようで、広がりがまだまだ少ないく、これからのですが、ここ最近、思い浮かんだ言葉があります。

それは「ストレスの総和の緩和」です。

百聞は一見にしかず、と、良くいわれますが、実際に楽になる体験をすると、本当の意味で、理解ができます。

そんなコツを、これらを手にしたい方々へ届けること。
体得してもらうこと。

社会全体でみたら、もっともっとこのことが役に立つと信じています。

クリエイターマルシェサンプル
施術中は静かですが、普段はこんな感じ。

<撮影:菅原康太さん>
マルシェ 5月19日に 北仲マルシシェで、撮影会がありますので、よかったら是非!

Hidamari

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