施術者紹介

施術者紹介

関根賢一です。
1966年(昭和41年・丙午(ひのえうま))の夏に、埼玉で生まれ育ちました。
ケンイチ

ところで、体と心の不調を感じたときに、あなたは いつもどうしていますか?
もし、そろそろ誰かに任せっぱなしにするのではなく、どうにかして自分の体にぴったりあった良質なセルフケアを身につけていけたらいいなと考えているとしたら、ここがとても役に立ちます。

それは、私が元々持っていて、大切に育ててきた「とある感覚」が大きく関係していることなのですが、私は体が発信している、声にもならないような微弱な信号をキャッチするのがとても得意なので、この感覚を利用して、改善のために今必要な情報をピンポイントでお伝えしています。
キャッチしたものは本質を崩さないように丁寧に整理し、受け取りやすく、分かりやすいようにした上で、ポンとお伝えしています。
すると、実際に使うと変化が生まれる貴重な知識を、その場で肌感覚で手にしてもらうことが出来るのです。
感覚で手にしたものは忘れにくいので、生きている間ずっと使えます。

そこに更に追加して行われるのが、独自のエネルギーを使った施術です。
心地良い そよ風のような流れがあり、また温泉の温もりのように感じられことが多いエネルギーを使っているので、心と体に全く無理がなく、自然と良い方向に動いていきます。
緩んでいると思っている状態でも、深部はまだまだのことが実は多いのですが、深い部分がすっと緩むと楽になり、寝ていることにふと気がつく。
そんな感じの施術です。

施術で心と体がリセットされると、体が固く冷たく、感度が鈍い状態から離れ、柔らかくなり各種の感度もそれ以前よりもぐっと高まります。
これまでよりも、もっともっと不調を早い段階で感じて、適宜調整ができるようになったり、そもそも不調を起こすことを避けられるようなれば、日々の辛さはどこまで減るのでしょうか?

また、体には、目に見えない沢山のスイッチがあります。
そうしたスイッチは、それに気がつくことができれば、誰でも自由にスイッチを入れられます。
特別なエネルギーを使うことなく、必要に応じて、使うことができるので、負担は更に減っていきます。
このスイッチは体が伝えることが必要だよと教えてくれたら、施術の際に必ずお伝えするようにしています。

通常の意識では体からの小さな信号は、感じ取れないことが多いのですが、伝えてくれたものは本当に役にたつことばかりなので、もし、心地好い未来にしていきたいなと少しでも思っていたら、一度使ってみてください。

ちょっと異色の経歴

以前は外資系の大手家具メーカーの日本法人で14年ほど勤めていました。
英語が喋れないのに、それなりに長い間の勤めとなったかなり特殊な形でしたが、図面が分かり、製品のことがわかり、製品の分解整備も可能で、個人や法人のお客様や、代理店との間に立てることができたからだろうなと思っています。

更に以前は、建築設計事務所で13年ほど在籍し、内装の設計と現場監理、時にはエグゼクティブなお部屋やショールーム向けの特注家具の設計をすることも。
設計はお客様の心の中のイメージをインタビューしながら形づくる仕事でもあるので、ただなんとなくではスケッチや図面ができません。 そうした意味ではかなりロジカルに考えることができるので、エネルギーワークをしている人の中においては、少し特殊かもしれません。
エネルギーワークというと、スピリチュアルな感じが強いと思うかも知れませんが、私は結構現実的です。
よくありそうな、なんとなくのイメージで、わかったようなわからないような説明をすることがとても少ないのは、こうしたバックグラウンドがあることが大きいのだろうなと自分では思っています。

エネルギーワークのきっかけ

エネルギーワークというものを知ることができたのは、2006年のこと。
自分の体に起きた、息をするのも辛かった酷いぎっくり腰の改善において、大切な知人から教えてもらい、生まれた初めてエネルギーワークを受けたことに始まります。 ここから師を持たずに独学で、聴く力、受け取る力を育てていくことで、自分が使うことができるエネルギーを知り、出力や再現性を少しずつ地道に上げてきたのですが、今では、必要に応じて、幾つものエネルギーを自由に使えるようになりました。
その中でも、メインは体の調子を調えること、また肌の状態を調えるのに適したエネルギーを強く使うことができるので、傷痕や火傷痕などの改善も得意としています。

専業にしたきっかけ

専業とした大きなきっかけは、とある方の おでこにある目立つ傷痕(意識を失い倒れたときについてしまったそう)ですが、一生治らないと諦めていたものが、良い感じに変わったこと。

そのときに、心の底からの生まれる素敵な笑顔をいただき、それが本当に キラキラしていて眩しかったのです。

普通の仕事でどれだけ頑張ったら、こんなに素敵な笑顔にあえるだろうか?
もし会えるとしても、あと何回ほど会えるのだろうか。
そう考えた時に、思ったのが、これからの残りの人生をどう生きていくのが一番かということでした。

もちろん普通に会社員のままでも良いには良かったのですが、定年まで勤めてもあと10年。 週末も出ることもあり、休みも取りにくく、四六時中問題と関わり続け、新しい製品が続出して、既存の製品も作る場所が変わるなどして、気も心も休むことができないハードな仕事だったので、流石に体力と気力が尽きていたところで、先を見つめると、終わったころには人として限界を迎え、駄目になりそうな予感で一杯。

同じ10年であっても、もっと違う形で、もっと多くの方の役に立つことの方が楽しそう。
あれこれ悩みに悩み考え続けた末、同じ笑顔をいただくならば好きなことにしたいなと思って、仕事を変えることを決意しました。

独立した当時は、関わるならば専業が一番という思いが強くあり時代的にもその方が良かったので専業にしました。

専業から兼業に

独立した当時と今では世界が大きく変わり、いくつもの仕事をすることが社会的にも認知されてきているのを強く感じています。
私も、自分ができることで、もっと社会に役立つことができればといいなと思い、仕上がり後の気持ちが良くて好きなので、内装に関わる営繕の仕事も楽しみながら活動をしています。 どちらも調えるお仕事ですが、笑顔をいただくと、どちらであってもやっぱり嬉しいので、この選択は間違いがないなと思っているところです。

Hidamari

細胞が伝えてくれることを紐解き、根っこの根っこから調えていった先にある快適な世界。
内装で傷んだところが目に入ってこない、余分な信号がない世界。

施術で体が楽になると、心も緩みます。
笑顔が滲み出るくらい、体も心も緩むと、自然と優しくなります。
そんな優しさが伝わると、いい感じの雰囲気が周りにも広がっていき、それがまた自然と戻ってきます。

一人だと、それはとても小さな輪かも知れませんが、少しずつ増えるに従い、その輪が次第に広がっていき、地域を、国を、地球をと広がっていったら、きっともっともっと気持ちいだろうな、そんなことを考えながら生きています。