物への執着が、強いマイナスエネルギーになっていたのを、実際に手放して体感した話

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今日の写真は古紙です。
少しずつ、水がついたり乾いたり、時間をかけて育っていった古い紙です。
よく見ると、なんだか味わいがあるような、独特の表情になっていたので、撮影してみました。
 
 
 
さて、本題です。

物を大切にする気持ちは、とても素晴らしいことだと思います。
 
ただ、今使うわけではないけれど、いつか使うと思っている物って結構色々ありますよね。
 
 
今、この時点で使わなくて良いものや、しばらく先の人生でも きっと使う必要のないもの。
 
それでも大切だと思っているもの。
 
  
もし、そんな日常生活に使うものがあれば、
「そのもの」の価値が失われないうちに、今必要とされる知り合いにでも譲ってみませんか?
 

どんなにこだわりをもっても、時代とともに過ぎ行くものもあります。

日常生活にあるものでいうと、最近の例だと ビデオテープ。
 
内臓メモリーやSDカード等に録画するのが、ごく普通の世代には、VHSテープ や βテープ と言っても、「え? テープってなんですか? 」と言われてしまうこともあるでしょう。
  
7−8年前ですら、レコード屋さん って CDしか売ってないのに なんで レコード屋っていうんですか? と若い方に言われたくらいですから、きっと今はもっとすごいことになっているんでしょうね。
  
   
     
自分がどんなにこだわっていても、今後自分の人生では、もう 使わないなと思ったら、まだまだ 価値があるうちに譲ってしまいましょう。
 
もしかしたら、本だって、家具だって、キッチンウエアや、洋服やアクセサリーの類も同じかもしれません。
 
自分の中で、もうこれは卒業したなと思ったら、こだわりの感情に囚われて、勿体無いと思い、目の届くところに、ただそっと保管するよりも、「そのもの」の価値がまだまだあるうちに、今それを必要としている方にお譲りした方が、喜ばれますし、何より、遠い未来に本当に使わなくなってしまい、また時代に合わなくなってしまい、捨てるという行為から遠ざかれます。
  
 
 
 
 
いつか使うもの、いつか使うかもしれないもの。
 
私も、物を大切にする気持ちが強かったので、物をなかなか捨てることができませんでした。
 
引越しの際にとても古いものを発掘しました。
当時、とても好きだったもの、こだわりをもって集めたものは、勿体無いという意識がどうしても強く出てしまいます。
でも、10年以上触れておらず、それで何も問題がなかった。 
ただ、心のどこかに、それを保管するための場所があり、ずっと気にかけていた。
それが、心の澱(おり)のようになっていた部分です。

心の澱(おり)はマイナスなエネルギーを持ちやすくなります。
 

 
 
私が、実際に大切だと思っていたものを、思ったよりも多く手放してみてわかってきたことですが、身綺麗にさっぱりとしてみたら、執着するために常に使われていたエネルギーが、新しいものや、新しい価値観に触れた時に、良い働きをしてくれました。
 
 
自分だけは変わらないぞと思っていても、周辺環境は時代とともに変わります。
自分も様々な経験を積むと、考え方も進化していきます。
周りにいる方も同様に進化していきます。
 
 
時代や国を超えて価値があるものなら、残していてもいいかもしれませんが、持っている物をどうするか決める際に「要・不要」だと選びにくい場合、こうすると良いと目に入ってきた「今後使う・使わない」で見直してみたら、私は思ったよりも簡単に判断が出来ました。 
 
かがやき 

 
 

あなたの、今後使わないものは、今、なにかありますか?
 
もし、よかったら、気持ちをぐっと軽くする可能性が大変高い、小さな実験を試してみてください。

 
 
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まだまだ あります!
何がどこにあるか、ちょっと探検してみるのも楽しいかもしれませんね⭐︎