十五少年漂流記 の 読書感想文の宿題の記憶で、新たに思ったことは、自分でかけた呪縛から離れてみることだった。

霜柱
 
ずいぶん昔のことですが、小学校の夏休みの宿題で、読書感想文が出ました。
 
本を読むのは、今でも好きですが、その頃も好きでした。
 
 
なのに、学校指定の課題図書のページは一向に進まず。
どんなに頑張っても、1回で2〜3ページ進むだけ。
  
あまりにも進まなすぎて、物語自体を通して楽しむことはできませんでした。
 
 
どうにか宿題は出したはずですが、その本は、気持ちの中で苦手なフォルダーに収まりました。
 
封印レベルの苦手な本って、なかなかないと思うのですが、そんな状態。
 
視界に入るのも嫌だし、十五と書かれたものを見るだけで、嫌悪感が出るほどに。
  
 
 
それから10年程たった頃でしょうか。
どこかで、本の整理の手伝いをしているときに、たまたま手にしてしまった、その当時苦手だった本。
  
  
  
内容なんか、全く覚えていないので、そういえば、どんなものだったのかと、パラパラと少し読んだら、これが面白くて、一気に引き込まれてしまいました。
 
 
その後、数時間も掛からずに読み切ってしまいましたが、なんでこんなに面白いのに、封印するほど嫌だったのか疑問が生まれました。
 
 
 
 
封印レベル!!

それほど嫌だった理由はなんだろうかと考えてみました。
 
 
当時の気持ちは、全然思い出せませんが、 嫌なのにやらなければならないという、強制に対する反感なのかもしれません。
 
 
もともと好きな読書ですら、これほどまでに感じているので、では、苦手なことだったら、どうなるかと考えてみたところ、もっと嫌な気持ちが生まれてきました。
 
 
頑張ろうとしたって、向いていないことは、どうやっても向いていない。
なのにしなければいけないなんて、拷問に近い。
 
そう感じてしまいました。
大人気ないけど、素直な気持ちです。
 
 
確かに、苦手なものを、努力し続けるのは本気で辛いですよね。
 
 
 
ただ、やるべきことを、必要なタイミングでやるのは、大人なら必要とされること。
 
そこで、どうしても自分では無理ならば、それが得意な方にお願いするのも手だなと思うのです。
 
 
自分の得意なことは、簡単に出来るもの。
 
得意なことを頼まれても、そんなに嫌な気がしないし、誰かの役にたつなら、ちょっとは嬉しいですよね。
 
お互いに得意なことを交換するのもいいし、相手先が仕事にしていたらお願いするのもありだと思います。
 
 
 
 
ただ、根が真面目だと、苦手を克服してどうにかしようとするかもしれません。
  
 
私は、そこまで真面目ではありませんが、そういう傾向がありました。
 
 
でも、向いている事に関しては、どんどん伸びても。
向いていないことには、時間と労力ばかりがかかり、なかなか上手くなりません。
  
 
 
ここ最近のことですが、人生の残りの時間が少なくなってきて、初めて本気で、ああ、このままじゃいけないなと思いました。
 
 
 
人生の後半になってから、そう思うよりも、早くこのことに気が付いて、伸ばせるところ、得意なところに力を注いだ方が、自分もそうだし、周りの人も幸せになれるんだなと、遅まきながら気がついたのです。
 
 
 
苦手なことは苦手。

それを認めてみるだけで、肩の力が抜けます。
これだけで、ずいぶん楽になりますよね。

自分の得意と、苦手が、なにか、ぜひ見極めてみてください。
 
 
 
 
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